教会は2月21日の灰の水曜日から四旬節に入りました。これから4月の聖週間まで、キリストの死と復活の意味を深く心に留めてまいりましょう。四旬節は、「私は神の前ではちり、あくたに過ぎない」という言葉をベースにしながら、神の前でシンプルになる時期です。モーセに率いられたエジプトの民が四十年砂漠を過ごした道、公生活に入る前、四十日砂漠で断食されたイエスの姿は「神無しに私はない」という信仰と「人間の奴隷」から「神の奴隷」への転換を私たちの心に刻み込みます。この時期、出エジプト記をもう一度じっくり読むことをお勧めします。また、ヨブの叫び、エレミアの叫びに耳を傾けてください。彼らの叫びとゲツセマニの園でのイエスの叫びとを重ね合わせる事により、十字架の神秘を深く味わうことが出来ると思います。
さて、ザアカイという男を覚えていらっしゃいますか? 彼は、ローマの支配下にあったユダヤ地方の徴税人でした。徴税人とは、どういう仕事でしょうか? 徴税人は、ローマに納める税金をユダヤの人々から取り立てる仕事です。敵国のためにお金を取り立てるのですから、人々から「裏切り者」「罪人」して嫌われていました。しかも、徴税人は不正にお金を多く取り立て、自分の財産に加え、私服を肥やしていたのです。特に、ザアカイは徴税人の頭で、金持ちでした。
さて、ある日、ザアカイの町エリコにイエスが通りかかりました。ザアカイは噂に聞くイエスがどんな人か見てみようと思いますが、群集に遮られて見ることが出来ませんでした。背が低かったのです。いや、それだけではないでしょう。徴税人であるザアカイは皆の中に入ることも出来なかったのです。そこで、走って先回りをして、いちじく桑の木に登りました。そこをイエスが通り過ぎようとしていたからです。
イエスがその場所に来ると、上を見上げて言われました。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」
ザアカイはどれほど驚いたことでしょう。そして、どれほど感激した事でしょう。あまりにも突然のイエスの言葉です。自分の事を名前で呼んでくれた。まさか、イエスが私の家に来てくださるなんて。「ぜひあなたの家に泊まりたい」と言葉をかけてくださる。声も出ないほどの喜びがこみ上げてきました。
ザアカイは急いで降りてきて、喜んでイエスを迎えます。これを見た人たちは皆つぶやきます。
「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった」しかし、ザアカイは立ち上がって、イエスに言います。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれからなにかだまし取っていたら、それを四倍にして返します」
イエスは、ザアカイに何も命じていません。宿を取るにあたって、なんの条件も出していません。それなのに、なぜザアカイはこのようなことを言い始めたのでしょうか?
イエスの愛に触れると、他の人を愛さずにはいられなくなる、ザアカイの姿にそれを見る事が出来ます。
私たちは、今教会に来て、ミサにあずかり、交わりを深めています。イエスを深く知り、イエスと深く交わる事により、ますますその喜びを分かち合うことが出来るでしょう。これは、使徒たち時代から続く、財産を分け合い、互いに助け合い、いたわり合う教会を引き継いでいます。そして、このような教会の原点は、ザアカイの喜びにあり、彼の言葉は「主の教会を、私が今いるところに作ります」と宣言しているのです。
主は今ここにいる私に名前で呼びかけ、「今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい」と声をかけてくださっています。これからの四旬節、主を私の家にお迎えするために、喜びと愛をこめてふさわしい準備をしてまいりましょう。
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