降誕祭に向けてキリスト信者の態度(十か条)
ヘロニモ神父

 信者はこの十か条を守るときに、キリストの誕生をクリスチャンらしく迎え、深く悟ることができるでしょう。

I. 沈黙
 神は常に沈黙のうちに語ります。「沈黙の静けさがすべてを包み、夜が速やかな歩みで半ばに達したとき、あなたの全能の言葉は天の王座から情け容赦のないつわもののように、この滅びの地に下った」(知恵の書 18:14-15)。「神の言葉が沈黙から出てきた」と聖イグナチオは言っています。
 アシジの聖フランシスコは馬小屋を飾り、降誕の沈黙について次のように述べました。「降誕とは何でしょうか。沈黙です。神様はその夜来られました。」
 夜半のミサでは降誕の神秘を祝い、沈黙は言葉となり、民は光に包まれ、星は輝かしいみ言葉の太陽に消された時です。
 クリスマスはあわただしい時期です。信者は静かに降誕の神秘を味わうように生活の中で[間]をとることが大切です。

II. 信仰
 信仰の目で見ると、驚くほどの降誕の神秘を悟ることができます。信仰によって、私たちは小ささの中に偉大さを、無力さの中に力を、弱さの中に救いのしるしを発見するのです。このクリスマスの矛盾は信仰なしに理解できません。
 聖ベルナルドは、「神様の慈しみは、神ご自身がこの地上の惨めさを受けとったことにはっきりとみられます。神の言葉は私たちのために小さいものになります。一人の人間として限りなく低くなられたので、神様の優しさの偉大さは明らかになりました」と言いました。
 クリスマスのしるし、すなわち光、貧しさ、愛、平和、羊飼いたちの祈り、博士たちの礼拝、星、夜、木や馬小屋などを理解するためには信仰が必要です。キリストが神でありながら人間であったことを信じるには、謙遜に満ちた信仰が必要です。

III. み言葉を聴いて黙想する
 旧約聖書の預言をはじめ新約聖書のメッセージを知らなければ、降誕の意味を深く学ぶことができません。その言葉は神秘を知らせ、顕わにし、その言葉の約束は、赤ん坊イエスの受肉によって実現されたわけです。
 教会や家に飾っている馬小屋は、神様が私たちの家に来てくださったことを思い起こさせます。降誕祭は「過ぎ越しの祭り」とも言われています。み言葉である主が通り過ぎて私たちの歴史に入り込み、共に生きるようになさいました。これらのことは、聖書の言葉で分ります。降誕祭に向かって、聖書の言葉を毎日黙想しながら準備しましょう。

IV. 愛を表す優しさ
人々の間に生まれる無力なイエスを前に、私たちも感動します。「愛は、愛されていない」と言いながら、聖フランシスコは、「今夜、神様が来られる!」と叫んだのです。クリスマスの優しさは、いつもすべての人に対して親切を培うように教えてくれるのです。幼子イエスの前にそうなりたいと思います。人を助けるキャンペーンに協力しましょう。

V.大きな喜び
 神の恵みと救いが私たちに訪れたからです。神様が私たち人間の一人となられたから、人間であることは地上最高のすばらしいこととなりました。神様が私たちと共に永遠におられることを喜ぶのです。
 大聖レオはこう書きました。「今日は、われらの救い主が生まれたことを喜びましょう。命が生まれた時に寂しくしてはいられない。死の恐れを取り除く命、約束された永遠の恵みを与える命が生まれたのです。この喜びに参加しなさい。その喜びから誰も外されてはならない。勝利は近づいたのだ。聖人よ、喜べ。赦しに招かれる罪人よ、喜べ。命に参加するよう招かれる異邦人よ、元気を出しなさい!」
 クリスマスは、ベツレヘムとナザレとの生活である家庭が場所です。クリスマスは家族で過ごす時です。神様は私たちの家庭で家族と共にいるのです。神様はご自分の家庭である教会に来られます。共に喜んでキリストのご降誕を祝いましょう。

VI.兄弟的な関係を強める
 神の子であり人の子であるイエス・キリストは、人間になられ、すべての人の仲間、兄弟になったのです。イエスは罪以外はまったく私たちと同じ人間になり、私たちの仲間です。クリスマスは連帯感をもって慈しみを表わす時です。
 クリスマスはプレゼントの交換をする時です。「神であるイエスが受肉によって神性の恵みを私たちに与え、私たちはイエスに私たちの罪を渡した」という交換がなされたのです。何と美しい交換でしよう! 人間の創り主は、人間の体と魂をとって乙女から生まれ、私たちを神性に参加させてくださるのです。
 クリスマスは、歓迎、歓待、家庭、家族です。降誕祭によって、神様は人類をご自分の家族の内に迎え入れ、私たちを神の子供にしてくださるのです。イエスの降誕のとき、貧しい羊飼いたちと三人の博士はイエスをこの地上に迎え歓迎しました。今日、私たちは貧しい人を歓迎して恵みの食卓に招きたいと思います。
 クリスマスは、言(ことば)が受肉によって愛と共にもたらした恵みですから、対話、出会い、和解、友情、平和、幸せを、人々が互いに与え受ける時です。私たちもそうしましょう。

VII.神への賛美
「天のいと高きところには神に栄光、地には人々に平和。」私たちの惨めな世界に来てくださった神様に賛美! 神様の憐れみに賛美! クリスマスの歌は、キリストを通していただいた救いの喜びと賛美を表します。貧しい羊飼いたちのように、私たちも神の恵みに驚き、歌います。クリスマスキャロルを歌って神様に賛美をささげましょう。
VIII. キリストを礼拝する
 観想することによって降誕の神秘を理解し、その恵みの招きに応える最高の方法は礼拝です。礼拝とは、言葉と感情と体で祈ることです。
 またキリストの誕生を神様に感謝するべきです。神様が人間の歴史に現れ、人々と共に歩んで私たちの苦しみと悩みを共に担ってくださるからです。感謝は神様の愛への私たちの応答です。

IX. 平和
 クリスマスは、人間になられた主の平和をいただく時です。平和で優しく人を愛するようにと招くためには、赤ちゃんの他にふさわしいものが何かあるでしょうか。平和は正義から生まれ、新しく天と地を生み、キリストの誕生がもたらした愛の文明を成長させます。
 イエスは私たちの平和です。幼子の平和。天使たちと羊飼いたちだけに認められた幼子の平和。イエスは大人になってからご自分を捧げ、十字架の上で人類に平和をもたらすために死なれました。「主よ、あなたの平和を私たちに! あなたは私たちの平和、平和の君です。そして私たちは平和の道具、あなたの平和の使者です」。

X. 回心
 クリスマスは、人間が憧れているよい知らせ(福音)です。大聖レオは書いています。「古い人間とその行いをぬぐい捨てましょう。キリスト信者よ、あなたの尊厳を認めなさい。神性を受けたのだから、あなたの生き方が昔の恥ずべき言動に戻ることをやめなさい。あなたが、誰の体、頭の一部分になっているのかを考えなさい。あなたは暗闇の力から解放され、神と光の国に移されたことを忘れてはなりません」。
 今年こそ、このようなクリスチャン美徳を育て、クリスマスの祝いを迎えるのはいかがでしょうか。